ハルビン 2 日目 (12/29)

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2 日目も移動、いよいよ今日はハルビン入りです。

無事北京で一晩を明かす事ができた我々、朝食が出るとのことだったので結構期待していたのですが、食堂に行ってみてコケました。小降りなバットが 10 個位出てて、そこへ見るからにまずそうな品々がぼそぼそっと鎮座。数点を食器へよそい、食べてみたら見た目通りまずくてまたコケました。ヘコむなあ。

残念な朝食の後、宿が班車 (送迎バス的な物) を出してくれるという事で、 D 女史とロビーで待ち合わせしてチェックアウト。北京の空港にはターミナルが 3 つあって、司機が「何号使うの ? 」って聞いてくれたのですが (僕らは 3 号) 、中国人乗客は殆どが知らず、おいおいおい…。そしたらこの司機、わざわざロビー奥から徹夜明けの物知りな服務員を連れてきて、全員分の番号を調べてあげていました。良い人です。

班車の乗客は我々以外全員中国人だったのですが、この辺りから、僕の中国語能力は聴力に弱点がありそうだという事に気が付き始めました。彼らが何を言っているのかが分からないのね、ちょっと不安になって来ました。

北京からハルビンへはすんなり移動、昼過ぎに到着。ただ出発時の手荷物検査で、 D 女史は隠していたライターを取り上げられてしまいました。以後我々は暫くの間、煙草の火を点けるのに少々苦労する羽目に。宿から持ってきたマッチを使うか、現地の人に借りるかして乗り切りました。

ハルビンはこの日、太陽があるにも関わらず氷点下 20 度程度、噂通りの「極寒」。外で息を吐いたそばから凍り付く感じで、実際、鼻毛が凍ります。そこへまた風なんかが吹くので、死にそうになります。小銭を取り出す際には手袋を外さないといけませんが、これが辛いの辛くないの。

さて、ハルビン空港から市内までは空港バスで移動。切符を買う場所を探していたら、面倒見の良い若い女性が相当手伝ってくれまして、順調にバス乗車。車中で D 女史に聞いたところ、あの女性は旅行会社の勤務の人で、手伝った結果何かガイドの契約なんかが取れるのを期待しての事だっで、渡されたというパンフレットを見せてくれました。

この時は「へぇー、仕事熱心ねー」位にしか思いませんでしたが、実はこの、彼らのガッツキっぷりが、ハルビン滞在中の我々を常に苦しめる事になるとは思わず…。

ハルビン駅で下車した我々、まだ正午で、それにカミさんの到着が午後 3 時半過ぎという事もあり、軽く観光しつつ昼食を探す事にしました…が、もう下車してからは現実に「吹雪、吹雪、氷の世界〜」 (このネタ、若い人は知らねえだろうな) ですぐに力尽き、早々に見つけた餃子屋「東方餃子王」へ駆け込み暖を取る事に。

この餃子屋は一応ガイドブックにも紹介されている程度に有名な店で、たらふく食べて 2 人で 70 元程度。暖かい上に餃子も美味しい上に、店員もなかなか親切で、なんだかんだで一時間半位は長居しましたかね。だってー、外出ると「吹雪、吹雪、氷の世界〜」なんだぜ ?

しかし、このまま餃子屋に居ても仕方が無い事は分かっている我々、何とか気合いを自己注入し、店を出て再び「氷の世界」へ。そして即鼻毛氷結。カミさんが来る迄はまだ 2 時間もあるし、うぅぅ、辛い…。そんな中でもそれなりに観光。紅軍広場を軽く見学 (といってもただ通り過ぎただけ) 繁華街で靴ばっかり売ってるビルを冷やかしたり、新華書店で本買ったりして、順調に屋内 (=暖) を確保しつつ時間を消費。

4 時近くになったのでそろそろカミさんも着いた頃だし、待ち合わせの宿のロビーへ行こうか、という事で目抜き通り (東大直街) 付近でタクシーを拾おうとしたのですが、これが試練の始まりでした。タクシーが全く捕まらない ! みんな実車 ! 場所を再び紅軍広場付近に移しても状況は変わらず。うまく停車させても先客が居て (相乗りさせようとする) 、行き先が合わないと乗せてくれない。これには参りました。

かれこれ 1 時間近くもそんな事をやっていたのですが、試しにカミさんに電話掛けたところ、なんともう宿に居るとの事 ! 僕は諦めて「ねー D さーん、もう歩こうよー、小一時間位で着くよー、荷物は持つからさー (涙目) 」と提案したのですが、 D 女史、雪中行軍はもう限界だったらしく「いや、タクシー拾います、頑張ります ! 」とサッチャー元首相モード、果敢に白タク等とも交渉するも撃沈。結局、無理矢理止めた、もう下班時間っぽいタクシーの「 30 元なら良いよ」 (正規料金の 2 〜 3 倍位) という言い値で OK し、やっと乗車したのでした。もう 5 時になっていました。

さて、地図上ではホテル迄は一本道だったのですが、今は地下鉄の工事をしているらしく、所々道路封鎖、司機も迂回には相当迷った様です。司機がもう限界とばかりに停車して携帯電話で誰かに連絡開始。この時は僕が助手席で地図と睨めっこしながら乗っていたのですが、丁度そこが宿の付近である事がわかり、頑張って「もうココじゃね ? 」と伝えたら分かったらしく、苦笑いの司機が 50m ほど車を進ませ、遂に到着、カミさんと合流。やった、俺達は「氷の世界」を乗り越えた !

チェックインを済ませた我々は、夕食を取るべく再び街へ。目的地は中央大街、氷の滑り台があるとの事で、それ滑った後にロシア料理を楽しもうという算段です。

宿の近所からタクシーを拾ったのですが、ここもガッツキ司機に 40 元と言われ、しぶしぶ乗車。しかし、 4 ヶ月ぶりに再会したカミさんは、色々な意味で大きくなってました。果敢に値下げ交渉をしてました。結局交渉は失敗したのだけれども、留学の成果が出ている事が分かって面白かったです。

さて中央大街へに到着した我々、松花江側の端に、その氷で出来た巨大滑り台は在りました。いくらだか忘れちゃったけど、幾ばくかの利用料金を支払って滑りました。でかいし、よく滑るし、これは面白かったです、お宅もゼヒ !

その後は中央大街に散在する氷の彫刻を見つつお目当てのロシア風料理屋「華梅西餐庁」へ。ボルシチだとか壷入り煮込み肉だとか色々頼んだけど、全部が全部、美味しかったです。また、ハルビンビールの「経典」というのを飲んだのですが、これはびっくりする旨さ。日本ではなかなか売ってないと思いますが、是非また飲みたいものです。ここでの払いは、酒飲んだせいもあり、 3 人で 140 元程でした。

…と束の間の幸せを楽しんだ我々は知っていました。振り子は逆にも振れるもの、そう、帰りのタクシーです。

今迄の短かい間でタクシーには懲りていたので、どうせ捕まらないならという事で、端から諦めてハルビン駅まで歩いてみる事にしました。しかし程なくして、ハルビン駅へ行くには巨大な跨線橋を渡る必要がある事がわかり挫けた我々、跨線橋の入り口に超市 (雑貨屋みたいなもの) を見つけ、辛い現実から目を背けで軽く買い物 (=という名の暖を取る生命維持活動) をする事にしました。

もうね、そしたらね、歩く気なんか無くなっちゃってさ…。

店出て偶然すぐに通り掛かったタクシーを捕まえ、値段交渉するも 30 元とかガッツかれて、でも面倒だからもう良いやと乗車。挙げ句この司機の兄ちゃん、道間違えやがって全く反対方向に走る始末。「着いたぜ」というので見たら、確かに僕らの宿と名前が似たホテルの前だったんだけど、電気点いてない。廃業してやんの。流石の司機の兄ちゃんも焦ってたなあ。我々も「ここじゃねえよ」的にもう一回宿の名前を伝えたら、今度は司機の兄ちゃんも誰かに電話しきちんど場所を確認。初めからそうすりゃ良いのにねー、等と思いつつ黙ってたら今度は無事到着、もう 11 時でした。この日はこれで終わり、それぞれ部屋へ戻り就寝。

初日からハルビンさんからは、ジャブを数発お見舞いされてしまいました。しかし、これはまだ本当にジャブ。翌日はボディーを攻められる事になるのですよ…。

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Yusuke Dada K.
Yusuke Dada K.
台湾の現地企業で主に組み込みソフトウエアの研究開発をしている日本人です。我人是個日本人,負責軟體的研究開發。在臺灣的科技公司工作。

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